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東京家庭裁判所 昭和42年(家)4021号 審判 1967年8月29日

申立人 曽斗良(仮名)

主文

申立人は、無籍につき

本籍     東京都港区○○九丁目五番地

筆頭者    石井清

父      不詳

母      石井たま

父母との続柄 男

氏名     石井清

出生年月日  昭和四年七月二〇日

として就籍することを許可する。

理由

一、本件記録添付の各戸籍謄本、昭和四二年(家イ)第六二〇号、第六二一号親子関係不存在確認事件記録中の中華民国留日東京華僑総会会長の証明書、家庭裁判所調査官寺戸由紀子の調査報告書並びに証人周仁令、同石井進に対する尋問の結果および申立人に対する審問の結果によれば、次の事実が認められる。

1、申立人は、国籍中華民国(福建省福清県高山市薛港)氏名曾斗良、出生年月日中華民国一八年七月二〇日、出生地千葉県安房郡○○町○○三九四番地として外国人登録をしている者であるが、昭和三一年頃から日本人である坂元悦子と事実上の夫婦として同棲し、その間に三児を儲けていること。

2、申立人は、昭和四年七月二〇日、日本人である本籍千葉県安房郡○○町(当時○○○村)○○六〇三番地の五の亡石井たま(亡石井善三の妻、石井善三は大正一三年七月二〇日死亡し、未亡人となつてから、本籍地において飲食店を営んでいた)と日本人である本籍千葉県安房郡○○町(当時○○○村)○○四二九番地の亡高田完吉(妻子がありながら、当時妻子とは別居して牛乳しぼりをし、その間右石井たまの営む飲食店に出入するうち、同女と関係を生じ、同棲するようになつた)との間の婚姻外の子として出生した者であること。

3、申立人は、出生後一〇〇日程で右石井たまと高田完吉とが、婚姻外の関係を解消して別れるようになり、両者とも申立人を養育できないため、たまたま男児がなく、男児を養子としてほしがつていた千葉県安房郡○○町○○三九四番地に居住する中華民国人曾基全および周仁令夫婦に引き取られ、その後間もなく同夫婦は、申立人につき自分らの間に昭和四年七月二〇日出生した子として、○○町長に出生届出を了し、以来同夫婦は申立人を事実上の養子として育てたこと。

4、申立人は、中華民国人として○○町小学校に入学し同校高等科を卒業した後、工員、中華料理店のコック等をした後会社員となり、現在は○○商事株式会社に勤務している者であるが、講和条約発効後右のいきさつからやむなく中華民国人として外国人登録をしたものであること。

二、以上認定の事実によれば、申立人は中華民国人ではなく、日本人であることは明らかであり、現在の中華民国人としての外国人登録は真実に反するものであるといわなければならない。そして申立人の父、母の本籍とも判明しているのであるが、父は既に申立人を認知することなく、昭和二七年一一月二一日死亡し、また母も昭和三一年一一月二〇日死亡しており、その他出生届出をなすべき義務者もいないので、出生当時の母の本籍地の戸籍吏に出生届をすることもできず結局日本人でありながら無籍である。

よつて、申立人が就籍の許可を求める本件申立は理由があるので、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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